2010年8月30日月曜日

取って置きのオーストラリア

 パドックの向こうからジョッキーが入ってきた。いや,ジョッキーだけではない。
「ジョッキーと一緒に入ってきたのは馬主じゃないかな」
一緒に見に来ていたシェリーに聞いてみた。
「そうよ、オーナーよ。オーナーはこの瞬間が楽しみなんですって。もち馬が優勝すれば勿論馬と一緒に歩けるし、写真も撮って貰えるんだけど、それは滅多にないことだからね」
 自分の馬を見つけるとジョッキーは軽やかに馬にまたがった。それにしてもジョッキーの体は小さい。体重が50キロくらいというのだから日本人としても小さいのだが、この巨漢がごろごろというオーストラリアで見るジョッキーは、それはそれは小さく見えた。
 ふと見れば、鐙の位置が高い。ジョッキーは膝を鋭角というよりヘアピンのように曲げて鐙に足をかけている。そうなのだ、馬が走っている間中ジョッキーは尻を浮かせたままでいる。そのために鐙は極端に高い位置にセットされている。
 パドックの真中には三頭の白馬が並んでいる。レースコースの係りが乗っているもので、出走場をエスコートしてコースに出すのが仕事のように見えた。
 やがて一番の番号をつけた馬から順にコースに出る。そしてコースに出た途端猛烈な速度で走り出す。向かうのは反対側にある白い出走ゲートだ。
 こんな展開のレースだが一つだけは違った。九レースの中の最大3200メートルの第六レース、すなわちパースカップの場合である。
 まず女子高校生と思しき一団がオーストラリア国旗を掲げて行進する。そしてパドックの中に整列すると、今度はパースカップにでるジョッキーの紹介がある。一人ずつジョッキーが中央に呼ばれてでてくる間に、過去の成績などが読み上げられていく。ジョッキーが全員整列すると今度は赤いドレスの女性が現れた。そして、
「ここでナショナルアンサム(国家)を歌います」
とアナウンスがあり、その女性が高らかに国家を歌い始めた。すると私の脇や、後から歌声が聞こえてきた。どうやら大半の人は国家を一緒に歌っているようだ。国家斉唱になると口だけを空ける人が多い日本とは異なっている。
 ここでこのパースカップに参加した日本人ジョッキーに付いて紹介しておこう。パースの新聞は、「彼の参加でパースカップはインターナショナルレースになった」と報じた。
 そのジョッキーの名前はTakahide Ikenushi。漢字でどのように表記するのか知らないのでローマ字で書いておく。日本のジョッキー養成機関の狭き門を嫌ってオーストラリアに渡りジョッキーになった彼は目下好成績を残して活躍中の25歳だ。
 同じ日本人ということもあり、レース前に却って迷惑かとも思ったがパドックで声をかけた。勿論一面識のない彼には誰が声をかけたかなど分からない。レース前の気合の入ったときだから面識のある人間でも認識できないのではないだろうか。彼はこの日二つのレースに出場した。その一つがメインレースのパースカップだ。それだけで彼がオーストラリアのレース界での実力ジョッキーであることが理解できよう。

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