これらの思案の末、賭けるべき馬と賭ける金額を決めるのである。が、競馬経験のない筆者のように、パドックで馬を見て、気力、体力を測り、または姓名判断よろしく馬の名前で賭ける馬を選ぶという方法だってある。要するに賭けを楽しめば良いのだ。
レースで走る馬を見ているうちに気が付いたことがある。それは馬の一団のやや後方を走る車の存在だった。どうやらレースコースの内側に道路が造ってあるらしい。
「あの付いていく車は何をしているのかな」
と聞いてみた。
「えっ、あの車、あれは救急車よ」
と、直ぐに答えが返ってきた。
そうだった。競馬というのは危険なものなのだ。何人ものジョッキーが練習中に命を落としている。ましてレースの最中は、皆他の馬のことなど考えずに走ることに専念している。前や横の馬との接触だってあるだろうし、落馬の危険度は高いのだろう。
レースの際の馬の速度はとても速い。70キロくらいかと前に書いたが、そのような速度で走っている馬から落ちたらそれだけで大怪我をする可能性が高い。まして、後にも馬が全速力で走っているのだ。後続の馬に蹴られることは十分考えられる。
馬の脚には蹄鉄という馬蹄形の鉄の板が打ち付けられている。鉄で武装した足で蹴られたら、場所によっては命にかかわる。レースを追いかけるように走る救急車の存在が競馬の危険性を改めて思い出させた。
馬というものは普通は人を蹴ったりしない。前に人が倒れていればそれを飛び越える。だが、レースの最中という興奮の中では避けきれないこともあると思わなければならない。
第六レース、パースカップがスタートした。テーブルの上のテレビ画面には団子になって走り出す馬の一団が映っている。
「各馬ゲートインから一斉にスタート。先頭は3番の……」
という実況中継の英語版が聞こえてくる。言葉は違うが内容と抑揚は日本のものとそっくりだ。
さして時間がかからずホームストレッチに入り、目の前を駆け抜けていく。思わずゴールの前を先頭で走り抜けるのはどの馬か、と目を凝らすが、次の瞬間、このレースは3,200メートルだからもう一周するんだと気がつく。
このレース、筆者が勘で選んだ一番が終始先頭を走っていたが、最後の直線で刺しこんで来たのに抜かれてしまった。
優勝馬は十一番のKing Canute、新聞の予想をしていた三人の競馬評論家の中でたった一人が、それも四番目に選んだ馬だった。それだけに優勝したジョッキーはパドック中央に戻って拳を何度も天に突き上げていた。
今回のレースのソポンサーはヨーロッパの自動車メーカーBMWだ。競馬場の中央にはBMWの主要な車種が展示されているし、勿論第六レースの勝者にトロフィーを手渡すのはBMWの人だ。レースの速さと比べて、この表彰式自体は何人もの人が挨拶をするので時間がかかり、やや退屈だった。
メインレースが終わる午後3時過ぎになると観客にも十分酒が回って様相が変わってくる。テントの前でダンスに興ずるカップルがいるかと思えば、柵の際にひっくり返っている酔っ払いも出現する。
アラブの衣装をつけたもの、頭に空き缶で出来た帽子をかぶるもの、さらにはさすが英国の伝統、スコットランドの衣装を着た男達もいる。シェリーが写真をとろうとしたらそのスコットランド男性二名は、顔を見合わせにっこり笑ったかと思うと向こうを向いてしまった。あれ、と思った瞬間彼らはスカート状のキルトを前かがみになりながら跳ね上げた。当然のことだがむくつけき尻が丸見えとなった。この写真、しっかり撮れたのだがやはり本には載せにくいので引き出しの奥にしまってある。
台の上に乗ってシャボン玉を飛ばしながら音楽に合わせて踊っている男女もいた。
最初は紳士、淑女の社交場、最後はお祭り騒ぎとなるこのパースカップ、読者諸氏も一度経験してみたら如何だろうか。
告:長らくお楽しみいただいた連載も本日をもってしばらく中断します。この所出版に向けての仕事が忙しくかつ集中しなければならないので。
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